2017年4月1日土曜日

原子力発電所の問題は安全に停止できない可能性があることだ

2017年4月1日、福島第一原子力発電所の事故の影響による帰宅困難区域の一部が解除される。このニュースを見てみなさんは何を感じるだろうか。「解除されてよかった。」という単純なものではないだろう。

現在も事故の収束の目処がまったく見えていない福島第一原発。燃料デブリがどこにあるのかすら分かっていない。こんな危険なものを推進した国にも導入した東京電力にも重大な責任がある。

国が定めたルールに適合したものであれば責任を回避できるだろうか。予想できた、できないが問題ではない。事故が起きたときに制御できないものであることが最大の問題なのだ。

事故が予想されない事はないはずだ。地震、津波の予測は誰でもできたし、それが震度7で止める、また、津波の高さを10メートルに設定することが無意味である。今後未来永劫、その過去の記録以上のものが起きないという保証はなく、起きることを前提で考えるべきだ。

人知の結晶であるがのように言われる原発だが、事故があっても完全に驚異が起こらない事を証明した上でないと再稼働は許してはいけない。もし福島以外にも事故が起きた場合、誰が責任を取るのか。いや、起きてからでは遅いのだ。

何度も言うが事故が起き制御不能に陥った瞬間に人間が手に負えないものになるものであることが最大の問題だ。今後起こりえる地震や津波の規模は問題ではない。テロが起きるかもしれないし制御できない事態が起こりえるなら再稼働は許されない。

制御不能に陥る事が100%ない、どんな事が起きても安全に停止できメルトダウンが100%起きない証明をできなければ再稼働はするべきでない。

今の福島の状況を見て今の新基準でじゅうぶんであるとなぜ言えるのか。信じられない。燃料料金が嵩むとしても仕方ないだろう。事故が起きたらそれ以上のコストがかかるし多くの住民の人生をむちゃくちゃにすることを忘れてはならない。

今後はもし事故が起きた場合、国や国民の負担なく発電会社が全額負担する。と宣言できるのだろうか。何兆円もかかるであろう復旧費、廃炉費を自社で負担できないならば再稼働は許してはならない。

お金には現れない人の人生を狂わす、町を壊す危険性がある原発。本当に必要なのだろうか。国民は今だけを見るのでは無く将来の日本、将来の子どもたちの事を考えいま一度冷静に判断してもらいたい。